はじめに
長は、条例の制定・改廃を行う場合や予算を定める場合などには、議会の議決を得る必要があります。しかし、一定の理由で議会の議決を得ることができないと判断した場合には、事後承認でこれらのことを決定できます。これを長の「専決処分」といいます。
本記事は、「専決処分」について解説するものです。
長は議会の議決がないと仕事ができない
「専決処分」の説明に入る前に、長と議会の基本的な関係について説明します。
長は、条例を定めたり、改正したりする場合、予算を定める場合、一定の契約を締結する場合やその他法律で定める場合には、議会の議決を得なければなりません。
しかし、議会側の様々な事情によって長の提案が審議・議決されなかったり、緊急に対応しなければならないため、議会を開く時間がないなどという場合に、この原則を貫くと、自治体の仕事がストップし、住民のくらしにも多大な影響が出るおそれがあります。
こうした場合に事後承認を条件として、長限りで提案内容を実現させるのが「専決処分」です。
ですので、議会で否決した議案について、専決処分をすることはできません。
専決処分をすることができる場合
専決処分ができるのは、次の場合です。
- 議会が成立しないとき
- 議会が定足数に達せず、再度、招集などをしても会議を開けないとき
- 長が、緊急の必要があるため、議会を招集する時間的余裕がないことが明らかだと認めるとき
- 議会で議決すべき事件を議決しないとき
の4つの場合です。
以下、順に説明します。
議会が成立しないとき
議会が成立しないときとは、議員の人数がその議会の定数の半数に満たないときです。
例えば、定数9の議会において、5人が死亡や辞職した場合には、現任議員は4人しかおらず、定数の半数以上の出席が定められている定足数を満たさないので、議会を開くことができません。
こうした場合には、補欠選挙を行って、議員を補充してから議会を開くのですが、選挙には一定の時間がかかりますから、このような場合に、長は専決処分ができることとされています。
議会が定足数に達せず、再度、招集などをしても会議を開けないとき
定数の半数以上の議員が出席しないと会議が開けませんが、これには例外が定められています。
それは、
- 除斥のため半数に達しないとき(「除斥」については、別のブログ『「利害関係者は外へ」「あなたクビです」-議会の仕組みと用語2』をご覧ください)
- 同一の事件につき再度招集してもなお半数に達しないとき
- 半数以上は招集に応じた場合に、議会への出席議員が定足数に足らず、議長が出席を催告しても、半数に満たないとき、あるいは、いったんは満たしてもその後半数に達しなくなったとき
です。
なお、「招集に応じる」とは、議会の議事堂に行く(参集する)ことをいい、標準的な会議規則では、参集時にはその議会が定める方法で議長に通告することとされています。
「出席する」とは、議会の会議が開かれる議場の定められた席に着くことです。
これら1.から3.の場合には、定足数を満たさなくても議長の判断で議会を開くことができます。
しかし、こうした場合に、速やかに議会を開かず、議長の判断で、定足数を満たすのを待ったり、流会にすることもあります。
また、議会は合議体なので、議長がこの規定によって会議を開く場合でも、議長を含め最低3人以上の出席が必要と解されています。
このような状況で、議会が開かれなかったときには、長は専決処分ができます。
長が、緊急の必要があるため、議会を招集する時間的余裕がないことが明らかだと認めるとき
議会の招集は長の権限です。毎年決まった時期に開かれる定例会のほか、それを待っていては間に合わない案件のため臨時会を招集することもできます。
招集は、都道府県や市については7日前、町村については3日前までに告示することとされています。緊急を要する場合はこの限りでないと定められていますが、一定の人数の議員を集めるためには、やはり時間の余裕が必要です。
例えば、3月の20日過ぎに定例会が終わった後に、4月1日から発効するような案件のため臨時議会を招集するようなことは、ある程度の規模の団体では難しい場合もあります。
最近は改善されたようですが、地方税法改正法案は年度末ぎりぎりの成立となることが多かったので、それを反映した税条例の改正もどうしても4月1日直前となります。
また、コロナウィルス対策のような予算が国から交付された場合についても、速やかに執行するために時間的余裕がないと判断される場合があるかもしれません。
こうした場合にこの規定により専決処分を行います。
「時間的余裕がない」かどうかは、長の判断となりますが、自由裁量ではなく、羈束(きそく)裁量とされています。裁判で判断の適法違法を争えるということです。
議会において議決すべき事件を議決しないとき
これは、議会内の内紛や議会と長の対立、災害など理由の如何を問わず、長が提案した議案等を前記の、議会が成立しない、あるいは議会が開けない以外の理由で議会が議決しない場合です。
専決処分できないもの
長は、条例の制定・改廃や予算案など広く専決することができますが、副知事又は副市町村長、政令指定都市の総合区長の選任同意については、専決することができません。
専決処分後の処理
専決処分を行った場合については、次の議会で報告し、その承認を求めることとされています。
承認がされなかった場合にも、その処分の効力に影響はありません。
ただし、その案件が、条例の制定・改廃や予算に関するものである場合には、長は、速やかに「必要と認める措置」を講じ、その旨を議会に報告しなければならないとされています。
それ以外の案件については、長の政治的責任が生じるのみです。
それでは、長の「必要と認める措置」とは、具体的にはどのようなものでしょうか。
議会が不承認とした理由を解消する条例改正や補正予算の措置をすることが考えられますが、それに限られず、長が議会や住民に対して説明責任を果たすという観点からの対応も含まれるとされています。
議会の委任による専決処分
これは、これまで述べてきたものとはちがい、議会の権限に属する軽易な事件で、議会が指定したものを長が専決処分することができるというものです。
例えば、自治体が損害賠償をするには、議会の議決が必要ですが、一定額以下のものについて、長において専決処分をすることができるようにしておくことなどがあります。
こうして、議会の委任による専決処分を行った場合には、長は議会に報告することとされています。
専決処分に関する問題
このように、専決処分の規定は、議会側の事情によって、あるいは、時間的な問題で、議会を開けないときに、自治体の行政に支障を生じさせないために設けられた規定です。
一方で、いったん専決処分をすれば、それを覆すことは現実問題としてなかなか難しいものです。
そうしたことから、長と議会が対立している状況にあるときに、この専決処分を多用し、議会の意思に反して長が独断の行政を行う例があります。
長側の認識としては、有権者の支持を受けているからという思いがあるのでしょうが、その事務の執行はあくまで法に基づいたものでなければなりません。
根拠法令等
本記事の根拠法令等は次の通りです。
解説は分かりやすくするために、主な事項だけを説明したり、法令にはない用語を用いたりしている場合があります。
正確に知りたい場合には、条文や文献等を確認してください。
地方自治法第96条(議会の議決事件)
同法第179条(長の専決処分)
同法第113条(定足数)
同法第101条(議会の招集)
同法第180条(議会の委任による専決処分)
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