はじめに
本記事は、自治体の二つの事務の区分である「法定受託事務」と「自治事務」について解説する記事です。
まず押さえよう
自治体がどのような仕事をするかは、法令で決まっています。
地方のことは、できるだけ地方が決めるという地方分権の流れが、1990年代ごろから高まりましたが、それで生まれた自治体の行う仕事の区分けの仕方が「法定受託事務」と「自治事務」です。
「法定受託事務」は必ず法律のどこかに、その法律に基づくどの仕事が法定受託事務かが明記されるとともに、地方自治法の後ろの方にも一覧表があります。
「自治事務」は「法定受託事務」でないものです。
「法定受託事務」は「国が、本来果たすべき役割」のもので、国が「適正な処理を特に確保する必要がある」ので、後で説明するような代執行などを含めた強い関与があります。
「自治事務」はそれに比べると弱い関与の仕方です。
そもそもある仕事を国がやるか自治体がやるかはどう決める?
結婚したときに、料理や掃除は夫がやるか妻がやるかについて、相談する家庭もあると思いますし、明確に決めず、成り行きで、あるいは、黙示的に、妻がやることになった家庭もあると思います。
夫と妻の家事分担と同様に、この仕事は国で、この仕事は自治体だと最初から決まっているわけではありません。
また、ある仕事のどの部分まで国がやって、どの部分から自治体がやるかということも決まっているわけではありません。
多くの仕事は、だれが考えても国が行うべき外交や防衛や通貨政策などのほかは、これまでの経緯や似たような事務の扱いや、どうしたほうが国民(住民)にとって便利で効率的かなどといった点から考え、法律で役割分担を定めています。
その結果、日本では、国が制度を考えて、国(国の役所)がその制度に基づいて、最後まで仕事をするパターンより、国が制度を考えて、仕事をやるのは自治体で、国はそのやり方を指示し、その財源を手当てするというパターンが非常に多くなっています。
今のことを具体的にいいますと、例えば、不動産の登記事務は、不動産登記法という法律を国がつくって、各地にある法務局が登記事務の全般をやっています。登記事務は国の仕事で、それを国の職員を雇って、国の事務所でやっているわけです。
一方で、生活保護の事務があります。生活保護は、国民が健康的で文化的な最低限度の生活を送る権利を有することを制度として保障するため、国に課された仕事です。
国は生活保護法をつくり、運用をしていますが、具体的な生活保護の認定や給付は自治体(都道府県や市)がほとんどすべて行っています。
それはそうするように法律で定められているからで、例えば、生活保護事務所を国がつくって、国家公務員により生活保護事務全般を行うこととしても、問題はありません。
問題ないというのは、そのように法律を改正すれば、当然違法ではありませんし、かつ、その法律が憲法違反になることはないだろうということです。
日本では登記事務パターンより、生活保護事務パターンの方がずっと多いということです。
ただ、それを自治体側から見ると、法律やそれに基づく担当省庁の政省令・通知は全国一律の定めが多く、実情にそぐわず、こうしてやればもう少しうまくいくというようなことも許されないシステムが多いと感じられることも多々ありました。
機関委任事務から法定受託事務・自治事務へ
戦後から高度経済成長時代には、中央が決めた通りに自治体が実行するという仕組みは効率的だったのですが、だんだんこうしたデメリットが目についてきました。
また、地方分権の流れの中で2000年に改正地方自治法が施行される前には、事務の分け方の一つとして「機関委任事務」というのがありました。
この「機関」というのは、自治体の長(例えば都道府県知事)のことです。知事を国の仕事を行う機関として定めて、知事に知事の部下をつかって仕事をやらせるという制度です。
そして、制度上は、知事が国の言う通りに仕事をしないと、知事をクビにできたのです。
知事は住民の選挙で選ばれるものです。任期の途中で知事を辞めさせるのは、リコール(解職請求)の制度や議会による不信任議決がありますが、これらは住民の意思が直接又は間接に反映されるものです。
それとは別に、公選の首長を国の都合でクビにするというこの制度は、長らく問題とされていましたが、1991年に廃止されました。
そして、機関委任事務自体も2000年に廃止され、その代わりに今の事務区分の「法定受託事務」と「自治事務」という考え方が導入されました。
なお、機関委任事務は、国の事務という位置づけで、それを国の機関たる知事が実施するという整理でしたが、法定受託事務は、定義の文面上は少しわかりにくいかもしれませんが、自治体の事務であるという整理です。
でも、それって名前が変わっただけで、やっている事務内容は基本的に同じでしょうという声が聞こえてきそうです。
そうです。機関委任事務を廃止し、新しい事務区分にする協議の中で、一部事務そのものの廃止、一部は国が直接やることになったものもありますが、ほとんどは、法定受託事務と自治事務に分かれました。
ただ、そうすることによって、次に述べる国の関与の仕方、つまり国の権限が弱まり、それだけ自治体の自主性を発揮できる部分が増えるというのが、重要なことなのです。
法定受託事務に対する国の関与と自治事務に対する国の関与のちがい
大雑把に言えば、法定受託事務は、機関委任事務をこれと自治事務に分けた中で、国として関与をできるだけ残したいものです。
定義上も「適正な処理を特に確保する必要」性を挙げていますので、国の考えが実現するような制度になっています。ただし、一方的に国が行うのではなく、裁判所の関与を経ることになっています。
仕事のやり方についても、法定受託事務については、国は処理基準(よるべき基準)をつくれますが、自治事務についてはつくれません。
また、自治体の仕事のやり方について、国が直してほしいと考えたとき、法定受託事務については、「是正の指示」をします。
自治事務に関してこれに相当するのは、「是正の要求」です。(そのほか、是正の「勧告」というのがありますが、これは都道府県と市町村の間に限られますので省きます)
ここで、「指示」と「要求」のちがいを味わいましょう。
文字面を見ても、「是正の指示」は、あんたのやっていることはおかしい(違法又は公益侵害)と思うから、「直せ」ということです。
「是正の要求」は、あなたのやっていることはおかしいと思うので、「直してください」ということです。
それぞれの法的な効果のちがいを総務省は次の通り説明しています。
「是正の指示」も「是正の要求」もそれを受けた側には、是正の措置をする法的な義務がある。
「是正の指示」については、国は是正の内容まで指示でき、それは受けた側を拘束する。
「是正の要求」については、具体的な是正の内容は受けた側の裁量である。
国が代わりにその仕事をできるか
「是正の指示」についても「是正の要求」についても、不服の自治体は「国地方係争処理委員会」という機関に審査の申出をすることができます。
そこで、第三者の委員により、国の指示や要求の内容の妥当性を判断します。
自治事務については、ここまでです。
国は自治体が是正の要求に対する満足な措置を講じていないと考えた場合にも、これ以上の手立てはありません。
一方、法定受託事務の場合には、次のステップがあります。
まず、国は指示に従わない都道府県に対して、期限付きで直せと「勧告」します。
それに従わないと、やはり期限付きで直せと「指示」をします。
それに従わないと、国は高等裁判所に直す判決を求める裁判を請求します。
国が勝訴し、都道府県が判決の通りにしないと、国は自ら、都道府県知事に代わって、その内容を実現することができます。これを「代執行」といいます。
都道府県側は、最高裁に上告できますが、それによって代執行は停止しないこととされています。
是正の指示は、沖縄県の普天間飛行場代替施設建設事業に関連して行われたものがあります。
第1号法定受託事務と第2号法定受託事務
今まで説明してきた、「国が本来役割を果たすべきもの」について、自治体が行う場合に、その事務を「第1号法定受託事務」といいます。
これと同様に「都道府県が本来役割を果たすべきもの」について、市町村が行う場合には、その事務を「第2号法定受託事務」といいます。
この場合には、国の関与と同じような仕方で都道府県が関与します。
この呼び名の「第1号」「第2号」というのは、根拠となる条文が、それぞれ地方自治法第2条第9項第1号と第2号であるため、その条文内において、そのように呼ぶことと定義されています。
根拠法令等
地方自治法第2条(地方公共団体の法人格とその事務―法定受託事務と自治事務)
同法第11章(国と普通地方公共団体との関係及び普通地方公共団体相互間の関係)第1節普通地方公共団体に対する国又は都道府県の関与等)
第2節(国と普通地方公共団体との関係並びに普通地方公共団体相互間及び普通地方公共団体の機関相互間の紛争処理)
同法別表第1(第1号法定受託事務)、別表第2(第2号法定受託事務)
「助言・勧告、是正の要求、是正の勧告、是正の指示の比較」(総務省資料、総務省ホームページ→地方行財政→地方自治制度→地方自治制度の概要、第2編普通地方公共団体 国と普通地方公共団体との関係及び普通地方公共団体相互間の関係 普通地方公共団体に対する国又は都道府県の関与等→助言・勧告、是正の要求、是正の勧告、是正の指示の比較(2023年1月5日参照))
コメント
自衛隊への個人4情報を名簿として自衛隊へ提供することは、法定受託事務なのか、
「自衛隊への個人4情報を名簿として自衛隊へ提供すること」が、自衛官募集事務の一環として、自衛隊からの提供の求めに応じたものであれば、求めに応じて提供することは、法定受託事務に該当すると考えます。
根拠条文
自衛隊法第97条第1項 都道府県知事及び市町村長は、政令で定めるところにより、自衛官及び自衛官候補生の募集に関する事務の一部を行う。
自衛隊法施行令第120条 防衛大臣は、自衛官又は自衛官候補生の募集に関し必要があると認めるときは、都道府県知事又は市町村長に対し、必要な報告又は資料の提出を求めることができる。
同令第162条 第114条から第120条までの規定により都道府県又は市町村が処理することとされている事務(中略)は、地方自治法第2条第9項第1号に規定する第一号法定受託事務とする。