はじめに
長と議会が対立した場合に、最終的には、長の不信任と議会の解散まで行きつきますが、その前段階として、一定の場合に、長は議会の議決について、もう一度審議するよう求めることができます。これを「再議」といいます。
本記事は、「再議」について解説するものです。
長は議会の議決がないと仕事ができない
「再議」の説明に入る前に、長と議会の基本的な関係について説明します。
長は、条例を定めたり、改正したりする場合、予算を定める場合、一定の契約を締結する場合やその他法律で定める場合には、議会の議決を得なければなりません。
こうした事柄について、議会が否決した場合には、原則として、これらの内容を実現することができません。
長限りの決断で仕事を進める制度として、「専決処分」というものがありますが、これは、議会が否決した事項については適用がありません。
このように、長は、議会の議決を得ないと実質的に仕事ができないので、議決を得ることは極めて重要です。しかし、長と議会に意見の食い違いがある場合や反首長派が議会の多数を占める場合などに、長提案の議案が否決されるほか、修正議決されたり、議会側が長に法に定めのない義務を課そうとするような場合があります。
そうした場合の調整制度が「再議」制度です。
再議の種類
「再議」には、「一般的拒否権」といわれるものと、「特別拒否権」といわれるものがあります。
「一般的拒否権」とは、長において、議会の議決に異議がある場合の再議をいいます。
「特別拒否権」とは、長において、議会の議決や選挙が権限を越えている、または、法令等に違反していると認めるときや、予算について、義務的経費や災害復旧等の経費を削除・減額して議決したときに行う再議をいいます。
「一般的拒否権」の再議は、再議に付すか否かは長の裁量ですが、「特別拒否権」の再議は、再議に付さなければなりません。
一般的拒否権の再議
一般的拒否権の再議は、長において、議会の議決に異議があるときに、議決の日(条例の制定、改廃又は予算議決については送付を受けた日)から、10日以内に、理由を示して、再び審議するよう求めるものです。
この「議決」に異議があるときには、否決は含まないと解されています。否決された案の再審議を求めるリターンマッチは不可です。
では、どのような場合にこうした事例が発生するでしょうか。
長の提案に対して、その内容を議会側が修正して、その修正案を可決した場合です。
例えば、長が提出した予算案(「原案」と呼びます)の中の義務的経費や災害復旧等の経費以外の特定事業の経費について、議会は不必要と考え、それに係る予算を削除した予算案を議員提案で提出します(「修正案」と呼びます)。
そして、修正案を審議し、可決します。
長は、自らの肝入り事業が削除されたことに対して、事業が必要な理由を示し、修正案を再議に付します。
再議に付した段階で、修正案の議決の効力はなくなり、議会側が修正案を再度可決する必要がありますが、その案件が、条例の制定、改廃又は予算に関するものの場合、過半数の賛成では足りず、出席議員の3分の2以上の賛成が必要となります。
3分の2以上の多数で議決されれば、修正案は生き返り、確定します。
では、反対派の勢力が、2分の1以上3分の2未満の場合はどうなるでしょうか。
修正案はなかったものになりますし、原案についても反対多数で否決されるでしょう。否決に対する再議はできませんから、予算が成立しない状態となります。
そのまま新年度を迎えては、自治体は何の事業もできないことになりますから、暫定予算を編成することになります。
暫定予算の議決が間に合わなければ、専決処分をします。
実際の例では、暫定予算に代えて、修正案の内容を専決処分している団体もあります。
なお、暫定予算については、別のブログ『何も知らない人のための「自治体の予算」とは』をご覧ください。
特別拒否権の再議―権限を超え、又は違法な場合
次に、特別拒否権の再議です。
特別拒否権の再議は、権限を超え、又は違法な場合と、予算関係の議決に分かれます。本項では前者の場合を説明します。
議会の議決又は選挙がその権限を超え、又は法令、会議規則に違反する場合には、長は理由を示して再議に付し、又は再選挙を行わせなければならないとされています。義務規定となっています。
これも具体的な例を挙げますと、たとえば、長が何らかの職を任命する場合に、議会が議会の同意議決が必要だとする定めをする場合とか、本来除斥されるべき議員が除斥されないまま審議や議決が行われたような場合です。
前者の場合、副知事や副市町村長のように法律で議会の同意が定められている職を除いては同意なしに任命できるわけですから、議会がそうした定めをすることは「権限を超えた、あるいは違法だ」ということになります。
後者の場合には、まさしく地方自治法や議会の会議規則で除斥が定められていますから、これに反することになります。
そのような場合に、長は理由を示して再議に付します。
議会が長の言い分を容れれば解決ですが、再度同じ議決をする場合があります。この場合、過半数の議決で足ります。
これに対しては、長(知事の場合)は総務大臣又は(市町村長の場合)知事に対して21日以内に審査を申し立てることができます。
総務大臣又は知事の裁定に不服があれば、議会又は長は60日以内に出訴することができます。争いは法廷の場に移るわけです。
特別拒否権の再議―予算の場合
議会で、①法令により負担する経費などの自治体が支払う義務がある経費②災害による被災者の救助経費や復旧のための経費、感染症予防のための経費について、予算から削除又は減額する議決をしたときには、長は理由を示して再議に付さなければなりません。これも義務です。
再議に付しても①について議会が削除や減額を続けた場合には、長はその経費とそれに対応する収入を予算に計上して経費を支出できます。
②の経費の削除や減額を続けた場合、長はその議決を不信任の議決とみなすことができます。
不信任の議決とみなした場合の長のとる手段については、別のブログ『「不信任」と「議会の解散」―首長と議会の対立の極致』をご覧ください。
まとめ
再議制度は、長の議会に対する拒否権といわれていますが、実際に用いられた例はそれほど多くないようです。一般的拒否権で例に挙げた予算案の修正議決についても、否決するには過半数でいいが、修正議決の効力を保つためには3分の2以上必要となると、議会側の戦術としても使用が限られることが多そうです。
ただ、最近は、議会の独自立法(議員提案の条例)が増えているようですので、その内容によっては、一般的拒否権の再議や違法等を理由とする特別拒否権の再議について、執行部側も検討しなければならないケースもあるかもしれません。
再議制度は、条文の書き方がわかりにくく、制度を理解するのが少し難しいです。
本記事が少しでも役に立てば幸いです。
根拠法令等
本記事の根拠法令等は次の通りです。
解説は分かりやすくするために、主な事項だけを説明したり、法令にはない用語を用いたりしている場合があります。
正確に知りたい場合には、条文や文献等を確認してください。
地方自治法第96条(議会の議決事件)
同法第176条第1項から第3項(一般的拒否権の再議)
同条第4項以下(違法等を理由とする再議)
同法第177条(予算に係る再議)
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