はじめに
本記事は、お役所でつかわれる符丁や隠語などのいわゆる業界用語のなかから、一般につかわれる意味とはちがう意味で用いられる用語をいくつか紹介する記事です。
符丁や隠語はどの世界にもある
符丁や隠語といわれるものは、仲間内、あるいは、業界の中だけで通じることばです。一般の人に耳なじみのないことばもあれば、ふつうのことばを、そのことばの本来の意味とは別の意味を持たせてつかう場合もあります。
よく知られているのは(よく知られた符丁や隠語というのもヘンですが)、お寿司屋さんでつかわれる「むらさき」=「醤油」、「あがり」=「お茶」、「おあいそ」=「お勘定」といったものです。
お客のマナーとしては、こうした用語はつかわないほうがよいとされています。これらが符丁や隠語であれば、部外者が自慢げにつかうのはたしかに考えものです。
こうした符丁や隠語はお役所の世界にもあります。以下、いくつか紹介していきます。
宿題
このことばは、お役所だけでなく、民間企業でもつかわれていると思います。
直属の上司、部課長や知事などに、あるいは、説明を求められた議員等に対し、何らかの説明をした場合に、説明された者から尋ねられた、再度、説明をしなければならないような事項のことをいいます。
通常は、説明事項の重大性の程度に応じて、本編の説明のほかに「想定質疑」を準備して、レク(上司への説明のことをこのようにいいます。詳細は、別のブログ『略すの大好き―「レク」「アポ」「午後イチ」「P」』をご覧ください)に臨みます。
「宿題」のなかには、そうした想定質疑の範囲を超えた、全く異なった視点からの指摘や想定とは異なるケースの検討などの指示がされる場合があり、その量が多かったり、意外な指摘を受けたりしたときには、説明者はうなだれて席に戻ることになります。
再度説明することを「宿題返し」といいます。最近の言い方だと「リベンジ・マッチ」でしょうか。
のりと
「のりと(祝詞)」は神主などが神前で唱える文章のことです。これを転じて、議会などで、議員が具体的な質問をする前の状況説明や執行部に対する指摘などに触れた部分の文章、あるいは読み上げる原稿全体という意味でつかいます。
議会における質疑には、通常一人当たりの質疑応答の時間が定められています。例えば、議員がする質問と執行部の答えで1時間と決まっていれば、「往復で1時間」の質問時間といいます。議員の質問時間が30分と決まっていれば、「片道で30分」の質問時間です。
その質問時間内で執行部に質問をしますが、傍聴人や支持者や一般有権者に質問の内容をわかってもらうには、質問事項についての状況や質問に至る経緯について述べる必要があります。また、持ち時間をたくさん残しての質問の終了は、執行部を質す議員の役割からあまり褒められたものではありません。
質問数が少なければ、状況説明などに時間を費やすことになりますが、その内容や分量については、議員の個性が出るところです。
「おい、さっきのA議員ののりとはずいぶん長かったな」などという会話は議場の近くに控えている関係者の間でよく交わされます。
呼び込み
知事や部長は忙しいので、レクをするときには、通常は秘書などを通じて時間の予約します。秘書はそうしたレクや出席行事などを整理して、月間予定表、週間予定表、一日の予定表などをつくります。
そうして日程を整理しても、急な用事や前のレクが長引いたりして、その時間の少し前に知事や部長のところに行ってもある程度待つことがあります。知事の秘書担当課の控えの間や部長室近くの会議室などで待ちます。
その場合に、秘書が「すいません、呼び込みでお願いします」ということがあります。レクができる時間の見通しが立ったときに連絡するので、一度お帰りになって、自席でお待ちくださいということです。
本来は、店頭などでお客さんに店に入ってもらうために声をかけることですが、このようにつかっています。
投げ込み
野球のピッチャーが登板前日に投球練習をすることではありません。
お役所でこのことばをつかうときは、マスコミへの何らかの発表事項がある場合に、発表の資料をマスコミ用のボックスに一そろいずつ入れることをいいます。
マスコミに行政側から情報を提供するやり方としては、「記者会見」「記者レク」といった、資料を配布のうえ口頭で説明を行う方法と、このように資料だけを提供する方法があります。
定例的な発表や重要度の低いものについては、「記者会見」や「記者レク」を行わずに単に資料提供だけをすることが多いです。そのことを「投げ込み」といいます。
決してボックスに投げ入れてはいません。ていねいに入れています。
なお、知事や部長に対してレクをする代わりに資料だけを渡すのを「投げ込み」という自治体もあるようです。
前広(に)
筆者の記憶では、このことばはこれまで説明したことばに比べ、比較的新しく耳にするようになりました。筆者の勤務していた県庁でも、他の県庁同様国の職員を何人か毎年受け入れています。その中の一人が言っていたのが、だんだん浸透していったような気がします。
前広は「まえびろ」とにごり、辞書に載っている意味は「以前」という意味で、「前広に」というのは「あらかじめ」という意味です。
しかし、筆者が聞いたときには前後の文脈から、「オープンに」「はば広く」という意味のように思えました。
「余裕をもって」ということだとの見解もあります。
つまるところ、よくわからないことばです。ただ、「前広に議論していくのが望ましい」などと言うと、いかにもその問題に積極的に取り組んでいるようで、カッコがいいではないですか。
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