はじめに
自治体が行う水道事業、鉄道・バス事業、病院事業などは、「地方公営企業」として、事業にかかる経費については、その事業の収入のみをもって充てるのが原則です。
しかし、経費の性質上その原則を当てはめるのが不適当なもの又は事業の性質上、その原則を当てはめるのが困難なものについては、一般会計が負担します。
この一般会計のこれらの事業への負担金を「公営企業繰出金」といいます。
また、この繰出しについて総務省が定めた基準を「繰出基準」といいます。
本稿はこれらについて説明するものです。
「地方公営企業」とは
自治体の多くの仕事は、法律に基づいて、その定める対象者に対して行うもので、主な財源は住民の納める税金や地方交付税などです。経費の一部を「使用料」や「手数料」として使用者・利用者に負担してもらう場合もあります。
これに対して、「地方公営企業」とは、自治体が事業主体になり、企業として経営するものです。
企業として経営するというのは、民間の企業をイメージしていただければいいですが、利用者から料金をもらい、その料金収入で各種経費を賄っていき、その事業が継続していくということです。
そのため経営については、「経済性を発揮」しなければなりません。
「経済性の発揮」とは能率性と合理性の発揮といわれますが、要するに、赤字とならず、ある程度の利益を上げるように努めることが必要です。
ただし、自治体が事業主体となりますから、「公共の福祉の増進」という原則がこれに加わり、この二つの基本原則により経営をします。
こうした地方公営企業については、「地方公営企業法」という法律が適用になります。
この法律では、水道事業、自動車運送事業(市バス、都バスなど)、鉄道事業(地下鉄など)、電気・ガス事業、工業用水事業、軌道事業をその対象として定め、また、病院事業については、この法律のうち財務に関する部分を適用することとしています。
これら以外の事業についても、条例で定めることにより、この法律の定めを適用することができます。実際に、宅地開発事業や観光事業などについて、適用している事例があります。
近年、総務省は下水道事業に対するこの法律の適用について、自治体に働き掛けています。
独立採算と例外
自治体がこれらの事業を経営するに当たっては、一般企業が税金をあてにできないように、収支の計算上に、税金からもらうお金はあてにできません。
売り上げから上がる収入によって経費を賄うことになります。独立採算で行うわけです。
それを会計上も明確にするために、これらの事業については、一般会計の中で行わず「特別会計」をつくることになります。
しかし、この原則を貫くと、不都合が生じたり、黒字化するのが難しい部門の存在により、全体の経営も赤字になってしまうような場合が生じます。
公営企業には、住民福祉の増進のため事業を行うという側面がありますから、不採算事業を切り捨て、採算の取れる事業だけを行うということが必ずしも常に正しいとは限りません。
そこで、一定の場合には、一般会計が経費の一部を負担します。
地方公営企業法では、経費の負担原則として、次の経費については、一般会計が負担するとしています。
1 その性質上、公営企業の経営に伴う収入をもって充てることが適当でない経費(不適当経費)
2 公営企業が能率的な経営を行っても、なお、その経営に伴う収入のみをもって充てることが客観的に困難であると認められる経費(困難経費)
です。
そうした経費について一般会計が負担するものを「公営企業繰出金」といいます。
また、どのような場合に繰出しを認めるかを定めた総務省の文書を「繰出基準」といいます。
繰出基準の解説
どのような場合に繰出しができるかについては、地方公営企業法施行令で不適当経費と困難経費の別に定められています。
総務省の発する「繰出基準」は、これを具体的に整理したもので、各事業ごとに詳細に定められており、分量もA4版で30ページ余りにのぼるものです。
本稿では、代表的な事業についての主な基準のみを簡単に説明します。
この繰出基準に定められた経費については、毎年度の地方財政計画(総務省が作成するその年度の地方の歳入歳出の見通し)に定められたもので、一般会計の経費として認められます。よって、地方交付税の基準財政需要額に算入されるか特別交付税で措置されます。
一方で、これに定めのない、例えば赤字補てんのための繰出しについては、その自治体が独自に行うこととなるものです。
上水道事業
消火栓等に要する経費・公園等で水道を無償でつかう経費
水道事業の目的は飲料水等生活用水の供給ですので、火事の消火のための経費は公共消防経費として一般会計が負担します。公園等による無償給水分は会計を別にしている以上当然です。
災害・安全対策の経費
送配水管の相互連絡管等の整備や浄水場等の耐震化事業のうち一定のものなどについては、経営基盤の強化及び資本費負担の軽減を図るための出資として、一般会計が負担します。
「資本費」とは、減価償却費や企業債の利息です。水道は装置産業なので、減価償却費が費用のうち無視できない割合の事業体が多くあります。
水源開発経費
ダム等の水源開発施設の建設については、資本費が増加しますので、企業債元利償還金等の一部については一般会計が負担します。
高料金対策経費
水源が遠くにあるなどの理由で水道の建設改良費が高くつき、資本費が著しく高額になっているため水道料金を高く設定せざるを得ない事業体の料金格差減少のため、資本費の一部について一般会計が負担します。
交通事業
地下鉄等出資経費
地下鉄やニュータウン鉄道などの経営基盤強化のため一般会計が出資する経費です。
地下鉄建設経費
資本費軽減を図るため地下鉄建設のための経費の一部を一般会計が負担します。
地下鉄の利子負担軽減経費
経営改善のため企業債の利子負担の一部について一般会計が負担します。
バス事業等のバリアフリー化促進経費
バス事業等のバリアフリー化促進のためバリアフリー型車両の購入経費の一部を一般会計が負担します。
病院事業
病院の建設改良経費
病院の建設改良費のうち収入をもって充てることができないと認められるものについて、一般会計が負担します。
へき地医療確保経費
へき地における巡回診療やへき地診療所への医師の派遣経費等や遠隔医療経費のうち収入をもって充てることができないと認められるものについて一般会計が負担します。
不採算地区病院の運営経費・不採算地区中核病院の機能維持経費
一定の要件を満たす不採算地区における、病院の運営経費及び拠点病院である二次又は三次の救急医療機関の機能維持経費のうち収入をもって充てることができないと認められるものについて、一般会計が負担します。
各種特殊医療経費
結核、精神、感染症、リハビリテーション、周産期、小児、救急、高度の医療の経費のうち収入をもって充てることができないと認められるものについて、一般会計が負担します。
看護師養成所等運営経費
公立病院付属看護師養成所で看護師を養成する経費、病院内保育所運営経費、公立病院付属診療所運営経費のうち収入をもって充てることができないと認められるものについて、一般会計が負担します。
保健衛生行政事務経費
集団検診、医療相談等保健衛生に関する行政として行われる事務に要する経費で収入をもって充てることができないと認められるものについては一般会計が負担します。
医師等確保対策経費
公立病院に勤務する医師の勤務環境の改善に要する経費で収入をもって充てることができないと認められるものや公立病院等に医師等を派遣する経費、遠隔医療システムの導入に要する経費については、一般会計が負担します。
根拠法令等
本記事の根拠法令等は次の通りです。
解説は分かりやすくするために、主な事項だけを説明したり、法令にはない用語を用いたりしている場合があります。
正確に知りたい場合には、条文や文献等を確認してください。
地方公営企業法第2条(適用事業)
同法第3条(経営の基本原則)
同法第17条(特別会計)
同法第17条の2(経費の負担の原則)
同法第21条(料金)
地方公営企業法施行令第8条の5及び附則第14項(一般会計において負担する経費)
地方交付税法第7条(地方財政計画)
「令和5年度の地方公営企業繰出金について(通知)」
(令和5年4月3日付け総財公第28号 総務副大臣 尾身朝子から各都道府県知事、各政令指定都市市長あて通知)
なお、繰出基準は毎年異なるので、通知書や総務省ホームページなどで必ず最新のものをご確認ください。
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