出納整理期間をつかった不適正処理―自治体経理の基礎3

はじめに

本記事は、自治体の一般会計に設けられている「出納整理期間」を利用して、他の会計との資金のやり取りを行い、抱える債務の大きさや正確な財政状況を示さず、結果として財政再建の道を歩むこととなった事例を紹介する記事です。

出納整理期間とは

「出納整理期間」については、別のブログ『会計年度ってなんだろう?―自治体経理の基礎1』で説明をしています。
「出納整理」や「出納整理期間」についてご存知ない方は、まず、このブログをご覧になってください。

本記事を読むうえで、もっとも重要なポイントは、出納整理期間には新旧両年度の会計処理が行われるということです。

具体的には、1年度内に返す約束で借り入れた借入金について、例えば、4月に借りると通常は3月には返さなければなりませんが、一般会計の処理としては、5月31日までに返せば、前年度中(1年度間)の貸し借りという整理ができるということです。
一方で、新年度の貸し付けも当然行うことができます。

自治体の行う事業の特徴

自治体は、一般会計のほかに「事業」を行うことができます。例えば、水道事業、病院事業、バスや地下鉄等の交通事業などは多くの団体が行っています。
こうした事業に共通するのは、「独立採算」という考え方です。その事業の利用者から支払われる料金で、費用一切を賄うというのが独立採算の考え方です。
それを明確にするために、一般会計とは会計を別にした「特別会計」をつくって、別経理にします。

自治体は、観光事業もこの手法で行うことができます。観光事業の種類はいろいろですが、例えば、スキー場の経営というのも観光事業です。

こうした大規模な施設を建設して、不特定多数の人の利用によって収益を上げる事業は、民間で行う場合、「減価償却費」が費用の大きな要素になりますので、施設の建設に当たりその規模を問題にします。

「減価償却費」というのは、例えば、耐用年数が30年の施設を300億円で建設した場合に、300億円÷30年=10億円を毎年の費用として計上するものです。つまり、通常の収入と支出の差し引きにプラス10億円ないと収支トントンにならず、赤字企業とされるということです。
初期投資が大きければ、毎年の減価償却費も多額となるので、いたずらに華美な、あるいは、大きすぎる施設にしないのです。

また、採算の面から事業が成り立つかどうかを検討するため、利用者数もできるだけ正確に見込もうとします。利用者からの料金収入が、経営の根幹だからです。

しかし、官公庁の一般会計(首長部門)は、会計に減価償却の概念がないことと、雇用の確保やにぎわいの創出など地域振興に重きを置いて考えることから、収支の採算性は軽視されがちでした。
第三セクター(役所と民間企業が出資してつくった会社)などを活用したこうした試みは、その多くが失敗に終わり、自治体の債務処理のための財政支援措置がなされたこともありました。

償却前黒字と償却前赤字

収支採算が二の次だという一つの例として、「償却前黒字」ということばがあります。
この「償却」前というのは、「減価償却」前のことで、減価償却費を考えなければ黒字ということです。言い換えれば、運営費よりは収入が多いということです。

運営費というのは、従業員の給料、光熱水費、簡易な修繕の費用など、施設を運営していくうえで必要な費用です。これより収入が多ければ、銀行の通帳には一定の額がたまっていくはずで、運営は継続できます。それでよしとする考え方です。

償却前黒字はともかく、問題なのは、「償却前」で「赤字」になることです。
そうすると、料金収入より運営費用が多くなりますから、貯金もやがて底をつきます。どこからか資金を調達しないと、給料の遅配、電気を止められるなどといった問題が生じ、立ち行かなくなります。
かといって、銀行は、さすがにこの状況では金を貸してくれません。
頼るとなると、一般会計(税金)からの資金の投入です。

この時点で、一般会計は収支の赤字要因を分析して、収支の回復の見込みがあればまだしも、なければ施設の廃止や譲渡を決定すべきです。
今回紹介する事例は、施設の運営を継続し、さらに、資金の投入の方法について、「繰出金」(一般会計から特別会計へお金をやること)ではなく、「貸付金」で行いました。その仕組みは・・・

出納整理期間は自治体を破綻させる?

償却前赤字が続き、貯金がほぼゼロの観光事業の会計は、こうして一般会計から資金を借りることとなりました。
一般会計は、例えば、令和年度の4月に1億円貸し付け、返済は令和4年度中とします。
観光事業の方は、その借入金と料金収入により運営していきますが、翌年の3月には、ほぼお金がなくなります(運営費の方が多いから)。でも、借りた1億円は返さなければなりません。

どうしましょう?

ここで、「出納整理期間の登場です。
出納整理期限は5月31日ですから、この日までに返せば、令和4年度中に返したことになります。

その資金は?

その資金は、一般会計が、令和年度貸付けとして観光事業会計に貸し付けるのです。
でも、1億円だけ貸し付けたら、4月に貸したものを5月31日には返してもらいますので、令和5年度の運営費不足分がありません。
そこで、運営費不足分の1億円と合わせて、令和年度は、2億円貸し付けるのです。

支出の予算には、財源を明示しますが、この貸付金には一般財源(税金)ではなく、返済金を財源とできます。税金の投入ではなく、一時的な融通だという建前をとることができるのです。

令和年度は、2億円の貸付金返済分と運営費不足分(もしかしたら不足が1億5千万円となっているかもしれません)の合計額を貸し付けることになります。

これを繰り返せば、いつかの時点でにっちもさっちもいかなくなるのはお分かりですよね。
一般会計も特別会計もつまるところ、自治体としてみれば一つの財布ですから、その中で出ていくお金の方が入ってくるお金より多ければ、全体として赤字になります。

これが、北海道夕張市が財政破綻した原因です。
出納整理期間自体は必要な制度ですが、その仕組みを利用して赤字が表面化しないようにしたのです。

北海道庁による平成18年9月11日付けの調査報告によれば、夕張市のかかえる債務は、短期借入と長期借入を合わせて、約480億円で、その他にも債務負担行為や関連公社の抱える債務がありました。

その後、財政再建団体の道を歩むこととなりました。
これにより、新たな財政健全化の制度が構築されるなど、地方行政に大変大きな影響を与える事件でした。

筆者もそのときこうした手法を知り、驚いたのと同時に、夕張市は炭鉱のまちから、市など関係者の努力で観光のまちに生まれ変わり、一時期、評価されていたことがあったので、複雑な気持ちになりました。

まとめ

3回にわたり、会計年度と出納整理期間を中心に自治体の経理の処理について説明しました。

自治体の会計制度は、複式簿記でない点などを指摘されることもありますが、それなりにきちんと組み立てられた制度です。
しかし、どの制度にも、その裏をかこうとする企みを完全に防ぐ仕組みはありません。
最終的には、制度を運用する側が、その良心に従い、制度のあるべき姿を考えて運用していかなければならないということを、今まで説明した事項は示していると思います。

根拠法令等

本記事の根拠法令等は次の通りです。
解説は分かりやすくするために、主な事項だけを説明したり、法令にはない用語を用いたりしている場合があります。
正確に知りたい場合には、条文や文献等を確認してください。

地方自治法第235条の5(出納の閉鎖)

「夕張市の財政運営に関する調査」北海道企画振興部
平成18年9月11日付け(北海道庁のホームページより)

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