この選挙、だれが責任者?―国・県・市町村の役割分担

はじめに

自治体が行う事務の一つに「選挙」事務があります。

選挙というと、候補者の乗車した選挙カーが街を走り、街頭で演説会が開催され、また、その期間中は顔が大きく映ったポスターがたくさん張られた掲示板が街のあちこちで目にされるというように、候補者の選挙運動が華々しく展開されます。

自治体は、裏方として、そうした候補者の選挙運動が行われるための準備をし、有権者が円滑に投票でき、そして、その結果をできるだけ早く、正確に知らせることができるようにいろいろな手立てをします。
これが、自治体の選挙事務です。

個々の選挙事務については、今後、解説していきますが、本記事では、「役割分担」という観点から選挙事務の特性を見ていきます。

まず押さえよう

選挙は、国や自治体の意思決定に直接参画する人々を選ぶものですので、誰が行うべき仕事かという点で見てみると、国会議員の選挙は国が、都道府県知事・議会議員の選挙はその都道府県が、市町村長・議会議員の選挙はその市町村が、それぞれ行うべき仕事になります。

それに対応し、選挙について包括的な責任を持つ「選挙を管理する選挙管理委員会」も、都道府県知事・議会議員の選挙については、都道府県の選挙管理委員会が、市町村長・議会議員の選挙については、市町村の選挙管理委員会と決まっています。

ところが、国会議員の選挙については、衆参両院の比例代表選出選挙については、国の「中央選挙管理会」という組織が選挙を管理することとされていますが、選挙区選出議員選挙については、各都道府県の選挙管理委員会が管理することとされています。これは選挙事務の実態を考慮したものと考えられます。

選挙の各事務については、法令で役割分担が決まっています。

自治体の選挙管理委員会は、独立して事務を行う「委員会」ですが、選挙の事務は、日常業務に比して、選挙時における業務量が著しく多いことから、長部局と協議の上、長部局の職員を多く動員し事務を行います。

選挙の種類と役割分担

自治体が選挙事務を行う選挙としては、公職選挙法に定めのあるものとして、衆議院議員と参議院議員、都道府県知事と都道府県議会議員(以下、「都道府県」は「県」で代表します)、市町村長と市町村議会議員(以下、「市町村」は「市」で代表します)の選挙の6種類があります。
他に、例えば、農業委員会の委員選挙のように公職選挙法を準用して行う選挙もありますが、今回の範囲には含みません。

選挙は、国や自治体の意思決定に直接参画する人々を選ぶものですので、誰が行うべき仕事かという点で見てみると、国会議員の選挙は国が、県知事や県議会議員の選挙はその県が、市長と市議会議員の選挙はその市が、それぞれ行うべき仕事になります。

このことは、自治体が処理すべき事務について定めた地方自治法で、国会議員の選挙について、県や市が処理する事務については、「第1号法定受託事務」とされており、県知事や県議会議員の選挙について、市が処理する事務については、「第2号法定受託事務」とされていることからもわかります。

法定受託事務に対することばは、自治事務ですが、これらのちがいとしては、法定受託事務については、国は、事務の処理基準を定めることができ、また、関与の仕方として、代執行まで含めた強い関与ができることなどが挙げられます。

法定受託事務と自治事務のちがいの詳細については、別のブログ『自治体の行う「法定受託事務」「自治事務」とは』をご覧ください。

イメージとしての話になりますが、市長選挙の投開票事務については、市は自分の仕事として、国会議員や県知事などの選挙についての投開票事務は、後述の事務の役割分担上の仕事として、行うということです。

経費の点についてもそれは表れており、国会議員の選挙については、国が、県知事と県議会議員の選挙については、その県が負担することとされています。
具体的には、国会議員の選挙については、「専ら国の利害に関係のある事務」として、自治体は経費を負担する義務を負わないことが地方財政法に定められています。

公職選挙法では、選挙を「管理する」という考え方があります。県や市の選挙部門の名称も「選挙管理委員会」になっています。

県知事と県議会議員の選挙については、県の選挙管理委員会が、市長と市議会議員の選挙については、市の選挙管理委員会がと、誰の仕事かという観点に対応するように決まっています。

ところが、国会議員の選挙については、衆参両院の比例代表選出選挙については、国の「中央選挙管理会」という組織が選挙を管理することとされていますが、選挙区選出議員選挙については、各県の選挙管理委員会が管理することとされています。
選挙の管理事務には、立候補の受付や公営物件の交付など立候補者の選挙運動に密着した業務や市選挙管理委員会へのもろもろの指示もあることから、このようにしたと考えられます。

事務の種類と役割分担

国の防衛の事務は、国が自衛隊員を雇い、国が基地等を設け、行っています。自治体は、自衛官の募集事務に一部関与しますが、基本的には国が防衛に関する事務のすべてを行います。会社や不動産の登記事務も、職員を採用し、執務の場所も国が確保し、行っています。

こうして、国がすべての事務を行う仕事もありますが、多くの仕事は、立法と基本的な考え方の提示は国、法定受託事務といった形で、実行部隊は自治体という役割分担で日本では行われています。

選挙の事務も、国、県、市の役割分担が定められています。国会議員の選挙区選挙(衆議院議員の総選挙や参議院議員の通常選挙)を例に、いくつか役割分担の例をお示しします。この選挙は、県の選挙管理委員会が管理する選挙になります。

国が行うものー選挙期日の公示(選挙期日を広く知らせる日で、この日に立候補届出などが行われ、選挙運動がスタートする)

県選挙管理委員会が行うものー候補者関係事務(説明会、立候補届出、公営物件交付、選挙公報の作成、配布)、投票用紙の作成、配布、投開票状況及び結果の公表、市選挙管理委員会へのポスター掲示場の区画数の指示等

市選挙管理委員会が行うものーポスター掲示場の設置、投票関係事務(投票所入場券の作成、送付、期日前投票の事務、当日の投票事務)、開票関係事務

これは国の選挙についての例ですので、県知事や県議会議員選挙については、県は国の行う選挙期日の公示に相当する選挙期日の告示も自ら行うことになり、また、市長選挙や市議会議員選挙について、市の選挙管理委員会は、それに加え、県の選挙管理委員会が行う事務もすべて行うことになります。

選挙独特の「選挙長」制度

前項で、国、県、市の事務の役割分担を示しましたが、これらの事務の中で、厳密には「選挙長」が行うものがあります。
選挙長というのは、各選挙ごとに置かれる責任者のような存在です。

衆議院や参議院の選挙には、選挙区の選挙と比例代表の選挙がありますが、これらは別々の選挙とされていますので、別の選挙長を置きますし、また、選挙区ごとに置くこともできます。
具体的に、選挙長が行うものとしては、立候補届出の受理や選挙会を開き、各候補者の得票数の確認や選挙の記録(選挙録)の作成することなどです。

選挙長が一人の場合には、その選挙を管理する選挙管理委員会の委員長が兼ねることが多く、また、選挙長が行うこととされるもろもろの実務は、その選挙管理委員会の職員が行うことが多いです。

委員会制度と長との役割分担と協力

選挙の管理は、選挙管理委員会という委員会が担っています。

自治体の執行機関には、長部局(県知事部局や市長部局)のほかに、いくつか委員会があります。
選挙管理委員会の委員は、自治体の議会において選挙され、通常の業務について、長の指揮命令は受けず、独立して事務を行います。

選挙の事務は、日常業務に比して、選挙時における業務量が著しく多いことから、長部局と協議の上、長部局の職員を臨時的に選挙管理委員会の職員に併任させるなどして、選挙の事務を行っているのが実態です。

選挙を管理する選挙管理委員会と争訟の問題点

選挙を管理する選挙管理委員会は、その選挙について、包括的に責任があると考えられます。選挙に関する不服については、争訟で争われますが、その点に関して、現行制度上不都合と思われる点を2点挙げます。

一点目は、国会議員の選挙における定数訴訟、いわゆる一票の格差の訴訟です。これについて、選挙の無効を訴える訴訟が選挙のたびごとに起こされますが、その被告は県の選挙管理委員会です。

これは形式的には、衆参の選挙区選出議員選挙については、県の選挙管理委員会が管理しているので、それを被告とするということになるのですが、一方で、定数問題は、県選挙管理委員会が関与できない、国会での法律改正の問題となります。訴訟の対応は国が実質的には主体となって行っていますが、被告となること自体疑問なしとしません。

もう一点は、市の選挙(市長選挙や市議会議員選挙)についての争訟についてです。
市の選挙の当落や選挙の有効無効に異議がある者は、市の選挙管理委員会にその「異議の申出」を行うことができます。

その申出に対して、市の選挙管理委員会が出した結論に不服の場合は、県の選挙管理委員会に、「審査の申立て」を行うことができます。
その申し立てに対して、県の選挙管理委員会が出した結論に不服の場合は、県の選挙管理委員会を相手取って、高等裁判所に訴えることができます。

県と市の体制のちがいや行政不服審査の類型を考慮しての制度かもしれませんが、地方分権が進んだ現在としては、この県の関与の部分は若干違和感があります。
市の選挙管理委員会の結論に不服ならば出訴という構成もあるのではないでしょうか。

根拠法令等

本記事の根拠法令等は次の通りです。
解説は分かりやすくするために、主な事項だけを説明したり、法令にはない用語を用いたりしている場合があります。
正確に知りたい場合には、条文や文献等を確認してください。

地方自治法第2条第9項及び別表第1、第2(法定受託事務と自治事務)
同法180条の7(委員会等の事務の委任・補助執行・委託等)
同法第182条(選挙管理委員及び補充員の選挙)

地方財政法第10条の4(地方公共団体が負担する義務を負わない経費)

公職選挙法第5条(選挙事務の管理)
同法第75条(選挙長及び選挙分会長)
同法第80条(選挙会又は選挙分会の開催)
同法第86条(衆議院小選挙区選出議員選挙の立候補の届出等)

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